マーラー作品の最も忠実な使徒、バーンスタイン
20世紀におけるグスタフ・マーラー作品の最も忠実な使徒の一人、指揮者としてのみならず、作曲家、ピアニスト、そして何よりも音楽を通じての巨大なコミュニケーターとして20世紀に巨大な足跡を残したレナード・バーンスタイン(1918.8.25
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1990.10.14)。
バーンスタインは、20世紀におけるグスタフ・マーラー作品の最も忠実な使徒の一人でもあり、生涯にわたってマーラーの作品を取り上げ、その音楽の普及に努めました。
ニューヨーク・フィル時代には、作曲者の生誕100年を記念してアメリカで最初の大規模なマーラー音楽祭を企画し、さらにLP時代にマーラーの交響曲全集を完成させた最初の指揮者の一人であり(1960年〜67年録音)、その後も映像による交響曲全曲の収録(1971年〜76年)、さらにはCD時代に2度目の交響曲全集のレコーディングに取り組んでいます(1987年〜88年、第8番のみは録音されず)。
そのほか、大地の歌、歌曲(ピアノ伴奏、オーケストラ伴奏)もほぼ網羅して録音し、マーラーについて巡らせた考察を様々な形で映像化するなどの熱心な取り組みの積み重ねは、バーンスタインのマーラー作品への没入ぶりの証左といえるでしょう。
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ベルリン・フィルとの一期一会の記録
マーラーと自分を重ね一体化させたようなところがあったバーンスタインですが、彼が様々な形で残したマーラー演奏の中でも、おそらく最も激烈な感情の吐露を記録しているのが、今回世界で初めてSuper
Audio CDハイブリッド化される1979年のベルリン・フィルとのライヴ・レコーディングによる交響曲第9番でしょう。
1979年10月にベルリン・フィルハーモニーで行なわれたこの演奏会は、バーンスタインが生涯にただ一度ベルリン・フィルを指揮した機会でもありました。
バーンスタインほどの指揮者がそれまでベルリン・フィルに一度も招かれなかったのは不思議なことですが、その背後にはカラヤンとの確執も噂されたりしていました。
演奏会の実現にも困難が伴ったようですが、通常の定期演奏会ではなくベルリン芸術週間の一環でアムネスティ・インターナショナルのためのチャリティ・コンサートとすることで、ようやく開催されることとなりました。
リハーサルでは、ベルリン・フィルがバーンスタインの外交的な指揮のスタイルに馴染むのに時間がかかり、バーンスタインは楽員たちに、「問題は、君たちが音楽を作り上げることが喜びであることを忘れていることだ」と話したと伝えられています。
■最も激烈な感情の吐露を記録したマーラー「第9」 。
舞台裏のかけひきはともかく、ここに記録された本番の演奏は想像を絶するほどで、作品に込められた作曲者のあらゆる感情の動きを生々しく吐露するかのような激烈さは、バーンスタイン自身によるこの作品の他の録音にも見られないほどです。
バーンスタイン自身の唸り声も生々しく、指揮台を大きく踏みならして演奏に没入し、カラヤンのもとでしなやかで流線型の美しい音楽を奏でていたベルリン・フィルも、突如として何かに憑かれたかのような凄みのある音で熱い情念を噴出させ、アンサンブルが崩壊する寸前のギリギリまで追い込まれた演奏で応えています。
臓の鼓動を思わせるかのような第1楽章の冒頭から恐ろしいほどの緊張をはらみ、ヴァイオリンをスル・ポンティチェロ(駒の近くで)演奏させて喘ぎ声のような不気味さを表出させ、クライマックスではトロンボーンが肺腑をえぐるような総奏を聴かせ、その後に続く、凍りついたような静寂のコントラストを大きく強調するなど、生と死の葛藤ともいうべき曲想を徹底的に抉り抜きます。
第2楽章は、速度の違うレントラーの曲想の描き分けがこれ以上にはないほどに鮮明に行なわれ、第3楽章では楽譜にないバーンスタイン独自のアゴーギクが大胆に取り入れられ、中でもコーダのスピードは異常なほどで、自暴自棄な楽想が強調されています。
そして作品全体の感情的な頂点とでもいうべき第4楽章の深い感情移入こそ、バーンスタインの真骨頂といえるでしょう。音響的なクライマックスを成すヴァイオリンの弾き絞るような絶唱、そして最後のアダージッシモで音楽がゆっくりと虚空の中に消えてゆく趣きなど、
まさに聴く者の胸を打つ瞬間が続出します。
■大きな空間に響くベルリン・フィルの響きを鮮明に捉えたサウンド 。
この演奏会はベルリンRIAS放送のスタッフによって放送用に収録され、バーンスタインの没後、1992年になって放送用のテープをもとにドイツ・グラモフォンから初めてCD化されました。ベルリンのフィルハーモニーでの収録には手なれた放送局ゆえに、大きな空間に響くベルリン・フィルの響きが鮮明に捉えられており、この歴史的な演奏を味わうのに何の不足もありません。
今回のSuper Audio CDハイブリッド化に当たっては、これまでのエソテリック企画同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業が行われています。特にDSDマスタリングにあたっては、DAコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターに、入念に調整されたエソテリック・ブランドの最高級機材を投入、また同社のMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、貴重な音楽情報を余すところなくディスク化することができました。
■ 『一期一会の縁が生んだ鬼気迫るマーラー演奏』
「バーンスタインがただ一度だけベルリン・フィルの演奏会に立った時の貴重な記録。1979年のベルリン芸術週間参加公演で実現したこの顔合わせは、リハーサルを始めた時点ではベルリン・フィルの『不感症の女性のような』冷たい反応にバーンスタインは業を煮やしたといわれるが、このライヴに聴く本番はとにかく圧倒的な演奏に仕上がっている。これほどベルリン・フィルが燃えた演奏も珍しいのではなかろうか。
カラヤンの時のような、ある種の口当たり良さをかなぐり捨て、バーンスタインとともにマーラーの音楽に酔い痴れ、感動をあらわにしてのたうち回っているようだ。一期一会の縁が生んだ鬼気迫るマーラー演奏である。」
(岡本稔、『レコード芸術別冊・クラシック名盤大全VOL.1交響曲編』、1998年)
「交響曲第9番は、マーラーの交響曲の中で、バーンスタインの中で最も重要な作品であり、バーンスタインによる『ライヴ・レコーディング』も複数存在するが、このベルリン・フィルとの演奏こそ、バーンスタインのライヴにおける興奮を文字通りそのままの形で伝えてくれるものだ。
第1楽章の『影のように』と指示されたエピソードはスル・ポンティチェロとグリッサンドで奏され思わぬ色どりを与えられ、再現部を導く。
この不気味な効果は、ブルーノ・ワルターとウィーン・フィルが忍び寄るナチの脅威の中で1938年にこの曲を演奏した時の録音以来の熱さを帯びている。」
(デイヴィッド・グートマン『バーンスタインのベルリンにおけるマーラーの9番』、
DG盤ライナーノーツより、2010年)
■収録曲
グスタフ・マーラー
交響曲第9番ニ長調
1. 第1楽章: アンダンテ・コモド
2. 第2楽章:
おだやかなレントラー風のテンポで。
いくぶん歩くように、そして、きわめて粗野に
3. 第3楽章: ロンド〜ブルレスケ。アレグロ・アッサイ。きわめて反抗的に
4. 第4楽章: アダージョ。きわめてゆっくりと、さらに控えめに
[演奏]
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮: レナード・バーンスタイン
[録音]
1979年10月4日、
ベルリン、フィルハーモニーでのライヴ・レコーディング
(ベルリン芸術週間でのアムネスティ・インターナショナルのための
チャリティ・コンサート、ベルリンRIAS放送によるレコーディング)
[初出] 435-378-2(1992年)
[日本盤初出] POCG-1509/10 (1992年4月25日)
[オリジナル/プロデューサー] ホルスト・ディットベルナー
[オリジナル/バランス・エンジニア] ヘルゲ・ヨルンス
[オリジナル/サウンド・エンジニア] クラウス・クリューガー
[Super Audio CDプロデューサー]
大間知基彰(エソテリック株式会社)
[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア]
杉本一家
(ビクタークリエイティブメディア株式会社、マスタリングセンター)
[Super Audio CDオーサリング]
藤田厚夫(有限会社エフ)
[解説] 諸石幸男 萩原秋彦
[企画/販売] エソテリック株式会社
[企画/協力]東京電化株式会社